経験談・雑談

唐桑に来たキッカケの話

どうもK松崎です。

適当投稿です。因みに今も気仙沼に滞在しています(今日で9日目)笑

今回は、そもそもなぜここに滞在する事になったのか?と言う根本的な所を文章で伝えたいと思います。

 

因みに2つ前までの投稿は別人が書いていた物と思って構いませんw僕は過去に地元茨城の田舎で特殊な教育を受けてきた事もあり、文章力、語彙力、日本語力と言う知恵が殆どありません。その辺を鍛える為に文章書かせてくださいwまあ殆ど読まれる事は無いであろうから気楽に書いて行きます笑

 

では遡る事、8年前(2013年)僕は高校3年生の自由登校期間で大した趣味も無く暇をしていた所、当時震災ボランティアとして気仙沼に来ていた従姉妹に誘われ、一人夜行バスに乗り、ここ気仙沼にやって来ました。

2013年に来た時の写真。手前従姉妹、中央国昭さん、奥僕(18歳)

ここで今お世話になっている唐桑の『かえる塾』馬場国昭さんと出会い、国昭さんの車に乗り従姉妹と3人で気仙沼を巡りました。あの時の車内で流れていた『花は咲く』と言う歌が記憶に残っています。

2013年の気仙沼は、瓦礫の山、津波で流された船、津波に耐えた家と言った震災の爪痕がまだまだ残っていました。震災当時、テレビで津波の映像や震災後の惨状を見ていただけの僕にとって、テレビの画面で見た物と実際にこの目で見た物にはかなり違いがある事に気づいたのもこの時だったと思います。今思えば、僕が旅をしている根本的なキッカケはそう言った経験があったからなのかなと思います。

従姉妹に連れられ、国昭さんと出会った事で現地の人との交流が生まれ、単なる旅行者として現れた僕に、唐桑の方々はとても良くしてくれました。僕の地元を悪く言う訳ではないのだけれど、唐桑で『人の暖かさ』に生まれて初めて感動しました。その経験はそれまで一般的な18年間を生きてきた僕にとって初めて常識が壊れた瞬間だったし、大きな刺激を受けた瞬間でもありました。

そこから2年後、就職をして今度は友人を連れて2度目の訪問。そして3度目の今回は会社を辞め旅人として、唐桑にまた戻って来ました。

そんな感じです。

 

 

また暇な時間があったら文章書きに挑戦します。この文章書くのに約1時間も掛かってしまった。いやー疲れた。マジで疲れた。笑

最後に8年前に来た時御崎で撮った写真と先日撮ったエモい写真でも載せておきます笑

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